千葉県 │ 間滝(麻滝/間ノ滝/魔の滝)
滅びの美学 [ 廃墟・廃屋・遺跡・廃村・廃道 ] 探索 - 138 間滝(麻滝)
後編は以下よりどうぞ。
恐ろしく疲れた今回のアタック、思い起こせば辛い辛いと考えていた「白雲瀧」より厳しい地形と水量にヤラレて改めて自然の雄大さを確認出来た物件と言える。以前風景カテゴリでちょっとだけ紹介した房総の秘瀑、「間滝」だ。
SCENERY - 192 │ 間滝
http://ameblo.jp/6blogs/entry-11195547697.html
写真説明:前回の調査時、滝直上で滝壺を覗いている状態。
この間滝は房総半島の数ある滝の中でもラスボスと称される程面倒スメルな場所に存在する、もう兎に角行き辛い。よって今までこの間滝を一般的に見る機会に恵まれた人は殆ど居ない(その後の調査で沢屋さんが何人か遡行した記録が在りました)、ウェブ上で検索しても「滝おやじ」として有名な下記のサイトの管理人さん、
滝を観る
http://chibataki.poo.gs/index.html
この他には、房総の滝を巡っている写真家の菅原譲太郎さん、地形調査で同行した富津市役所の職員さん位だ。地元の聞き込み調査によると15年ほど前にテレビ局の方が撮影に訪れたらしいのだけどその番組に関する詳細は解らなかった(富津市からの資料提供で判明しました)、まあ地元の方は若い頃に随分とこの滝を含めて付近の山を走り回った様だけど現在はもう。
と、言うのもこの間滝が残る湊川水系恩田川が流れる山間部の地形に起因する。房総の山々は標高こそ低いものの起伏に飛んだ地形の為、オフシーズンには全国の山屋や沢屋がトレーニングに来る位ハードなルートやコースが存在する。この間滝周辺の山々も同様でとてもじゃないが一筋縄では行かない地形がアチラコチラと行く者を阻む、またこの間滝には一般道では行く事が出来ない事も理由の一つに挙げられる。
この場所に行くには恩田川を遡上するルート、恩田川湧水地から下るルートの二つが在るのだけれどどちらも個人所有の敷地内なのだ。遡上ルートは個人宅脇から恩田川に降りて遡上、降下ルートは個人所有敷地を抜け、更にマザー牧場が管理する企業管理敷地からもう一度個人所有の敷地内を抜けて畑の脇から降下するしかない。
写真説明:急斜頚の植林地を降りると両岸絶壁のゴルジュ直上に出る。
私道が延びているが途中でポールとチェーンで封鎖されている上、更にその先は整備されていない旧道と軽トラかジムニー位しか走れない凸凹道。と、言う事で今回は完全に地元の方の協力を要請して事前調査にも途中まで同行して頂き、そしてやっとこさで本調査と相成った。
因みに幸運な事に行政サイドの協力も得る事が出来て色々と情報も提供して頂いた、これは調査する上で本当に助けに成ったので後程改めて御礼の言葉を書き連ねようと思う。
房総半島最後の秘瀑、間滝の歴史と今。それではこの興味深い物件のレポートを開始するとしよう、恐らくウェブ上でも初めての本格的な調査のレポートだと思う。
この間滝、兎に角情報が無い。幾らウェブで検索しても、
出て来ても20年近く古い情報で最近の物は皆無、更に検索しても、
こりゃ現地調達しかないか…。
間滝の在る鹿野山を含む低標高山岳地帯、田倉。この地の歴史はとても古く、今回協力頂いた降下ルート最後の人家にお住まいのOさんに色々とお話を聞く事が出来た。まあコレはレポート内で少しづつ語るとしよう、山間部には製炭の為の釜穴(山中斜面に横穴を掘り、石積みで作られた炭焼き釜)が彼方此方に残る事でもその土地の歴史が垣間見れる。林業や製炭、小さな農場や農業で江戸時代初期に数軒単位の集落が幾つか存在した様だ。
勿論住居と産業には水源が深く関わるから昔の人々も湊川水系、特にこの山間部の人達には恩田川の存在は大きな物だった。だからだろうか、この地域の人達は川の特性や滝の存在に関してとても詳しくて驚いた。
間滝もこの限りではなくて勿論昔からの地元の方は殆どの人が知っている滝だったのだ、…が。皆一様にこう言う、
「昔は行ったと話を聞いたけど最近は…」
それには理由が在る。地図を確認すると北側に県下でも有名なマザー牧場が在る、このマザー牧場、オープンしてから約50年経過するのだけれど一般的な牧場から観光地化してから周辺の山間部開発がガラリと様相を変える事に成る。それは勿論恩田川の湧水地とて同じ事で観光地化してからの山の荒れ様は酷い物だった、水量や山の形が変化すれば川の姿は大きく変わる。
結果、只でさえ厳しい立地だった間滝は周辺の変化によって更に行き辛い場所と成った。遡上ルートだった恩田川は途中で痩せ細り、更に2支化して水量は僅かに。それによって土砂が蓄積してルートは寸断されてしまった、少なくとも20年位前迄は遡上出来たと聞くが現在では人が歩かなく成った事も在ってブッシュが深く、当初地元の方が「30分も在れば行ける」との言葉を信じて2時間も歩いた挙句の沢埋没。
って事でまずは遡上ルートについて説明しようか。
細かな場所は説明出来ないけど簡単な位置関係を交えながら進めていこう、まず間滝の場所だけれどもこの辺だ。
北側はマザー牧場、南側はエンゼルカントリークラブ、東側は鹿野山、西側は個人所有敷地と恐ろしく防御力の高い立地と成っていて一般人は近づけない。
大雑把に説明すると、
こんな感じだ、兎に角通常のアクセスルートが無い。これには当初本当に困惑した、そりゃ誰もこの滝のレポートや写真をお披露目出来ない訳だ。現地に行けばうん、納得。
更に遡上ルートは個人所有の敷地内にそのお宅の方が個人的にコンクリートを敷いて作った農業用道路を利用するしか無い、それはどうしてかと言うともっと手前の恩田川下流はエンゼルカントリークラブの敷地内だからだ。
なので地元のKさん経由で牧場を経営されているこのお宅の方に協力を要請、駐車場所確保と簡単な地形の説明受けて遡上開始。
地図上の右下の「行き止まり」から更に個人で作られたコンクリート製の農業道を下る、突当たりに駐車スペースをお借りして沢装備にラペリングの道具を用意して脇の獣道へ。
お聞きしたルートだとこの獣道から沢に降りて旧道(旧林業用道)と川の中を交互に歩いて行けば30分程で滝へ行けると言う、ほほう…そりゃあちょろいですなぁ。
と、思ったら…。
え?
ここも…道路…だと?
獣道かと思ったらさっきのコンクリートの自作道の続きじゃ在りませんか、しかも右側にはガードレールまで…いや、しかし。ここを昔は車が通ったの…か?
駄目だ、なんか解らんが駄目っぽい。解らん。
兎に角おりてみようっほぉうっがっ!(転んだ)
※ 凄く滑るんですよ、この道。
辛く、厳しい、そして感じる以上にとても長い60分が無言で経過した。今回もいつもの無茶振り大歓迎の相棒を引き連れて行ったのだが兎に角無言、そして埋没の為の撤退を決定した時の虚無感と言ったらもう。
帰ります、遡上中に幾つか越えた小さな滝を震える足で(悔しさではなくて恐ろしい程の疲労感の為)降ります。恐ろしく無駄な2時間を、いや費やした120分と蓄積した120%の疲労を感じてひたすら車のデポ地に向けて歩きます。
さて。もう少し詳しく説明しましょう。
この遡上ルート、15年~20年前までは旧林業道が確かに残っていました。今回の遡上でも部分的に川の左側に姿を見せてくれましたがその殆どが土砂崩れにて崩壊、そして倒木とブッシュ、加えて枯渇気味の川底は部分的に深いもののマディで歩き辛い。万年日陰の小さな滝達はナメ岩で途中から川が2支に枝別れ、本流を更に遡上するも途中で埋没。
もう少し行けない事も無いですが現実的な徒歩ルートでは無くなっています、また等高線と随分違う地形は近年の集中豪雨や周辺の山間部開発によって変化した物と推測されます。
と、言う事で遡上ルートは断念。滝上部からの降下ルートへと予定変更です。
先程もちょっとだけ登場した地元民のKさん、実は昔からの地元民の為に企業敷地内へ入る鍵を所有されている。ゲートを開放してくれた上に最奥部に約十代300年以上住み続けていると言うOさんを紹介してくれると言う、ひゃっほーい。
Kさんには調査訪問の時にうどんをご馳走に成ったりゴルフ場とのアンコ対応してもらったりアタック当日には朝食やら車出してもらったりと本当にお世話に成った、お土産の日本酒と焼酎をお渡ししていざ彼の地へ。
企業敷地内と言ってもマザー牧場の建設時の工事用道路や管理用道路で舗装なんてされてない、マザー牧場裏手の従業員駐車場に到着するまでずっと山道だった、いやぁ軽トラ最強です。
Oさんのお宅へ到着して簡単な地形の説明を受け、いざ植林された急斜面を降りて行きます。
ここからのアクセスは急斜面だけれども遡上ルートの5分の1程の距離だ。
しかし転んだら谷底へ一直線。慎重に降ります、途中トラバース出来る岩肌に取り付いたりしながら更に下ると、ほほう。こりゃ滝の音ですな、聞こえますよ。
しかし。
こりゃ見事な崖ですよ、まあそんなに高くは無いけど10メートルちょい+ちょっとだけオーバーハング。まあ、これなら行けるでしょ。ラペリングにて降下開始。
まあこの辺は前回も来たので難なくクリア、まずは水量などをチェック。シャワーラペの時に重要なのは地形の状況把握と流れ込む水量、そして滝に落ち込む水の飛散距離やルート上に流れる勢いなどの確認。
と、言うのもシャワーラペは通常と違いロープは濡れて重くなり、しかも身体の体温も奪っていく。水量が多いと踏ん張る足に予想以上の負荷が掛かって滑る切っ掛けやステップポイントの見逃しにも通じる。
これからシャワーラペに挑戦する方はご留意を。
因みにココから更に上流へ向う事も出来る、小さな砂防ダム(砂防堰堤)を乗り越えて湧水地付近まで行く事も可能。富津市に確認を取ったがこの砂防堰堤は設置の存在を知らなかったとの事、富津市管理の河川において無許可の砂防堰堤…誰がなんの為に何時?
少々疑問が残る存在だけれどレポートを続けよう。
アメブロのテキスト24キロバイト規制の為、後編へ続きます。後編は以下よりどうぞ。今回のレポートは前編と後編を一度にエントリーしているので直ぐにお読み頂けます。
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