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滋賀県│落合廃集落
滅びの美学 [ 廃墟・廃屋・遺跡・廃村・廃道 ] 探索 - 霊仙廃集落群 - 落合集落
霊仙廃集落群の中で最大の規模を誇る落合集落跡、霊仙には沢山の集落が形成されていたけどこの落合集落は家屋の密集度や開発の工夫、行政との連携など他の霊仙3集落に比べると組織的で運営も近代化された物に近かった。
今でも訪れる人達は多く、また元住人の方達による保存も廃村にしては手が行き届いている。明治7年に3集落が合併して霊仙村と成った跡も率先して地域に貢献した規模の産業を維持出来たのも頷ける規模なのだ。
教育の場としても3集落の中で唯一学校が在った事も他の霊仙集落と一線を画す要因と成った筈だろう。補足として書くと多賀町立多賀小学校霊仙分校がその3集落唯一の学校で1985年に休校、1993年に廃校と成っている。歴史は古く、1883年に設立した事を考えると山深い山中の学校としては異例の90年の歴史が在った事に驚く。
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県道17号の終点、その開けた場所こそが落合集落。家屋の数では入谷に負けるものの村としての運営を含め、当時の霊仙では中心的な役割を果たす村でした。芹川本流と支流の合流部分にあたり、水の便は良かったそう。写真の橋を渡ると蓮休寺が、この蓮休寺は再建された物で1948年に一度全焼しています。
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芹川の分岐を過ぎて落合集落端の山道、こちらは男鬼方面へ延びる。集落は丁度Tの字に川で分断されていて3つの区域に分かれていて他の霊仙集落には見られない村形成だ。主な産業は他の霊仙集落と同じく林業、製炭なども多く行われた。
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芹川支流入口、ここから多賀町立多賀小学校霊仙分校へ向かう事に成る。石垣には苔が生し、経過した時間を感じさせるが意外と廃村に成ってからそこまで期間が開いてないのは以外。しかも冬季完全無人化集落であり、夏季には滞在する元住民が居る事を踏まえれば「廃村」と呼称するのも失礼なのかも。
因みにこの地域の石垣には数種類が見られ、その殆どは明治以前の施工と解る野面積みだった。他には近年積み替えたであろう谷積や関が原から近い事を考えると昔ながらの算木積なども見られた。
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こちらも苔生すお姿が素敵な石積み階段、登るとしっかりと形を残した家屋と郵便ポストが在った。こんな所まで郵便物を運んだ職員さんはさぞ大変だったろうなぁ、因みに国内には郵便が運ばれない僻地が少なからず存在してまして。日本には郵便番号も住所も割り当てられているのに配達不可の地域が山間部などをメインに今でも在る、過疎化した集落など今後増えて行きそうだ。
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とても古い家屋が連なるけれど行政が建設した公民館(霊仙落合荘)は目新しい、と言うのもこの落合集落は霊仙山への登山口としても現在頻繁に利用されていて登山者の集合場所や駐車場としても稼動している。登山客が集まる時期には公民館が開放され、臨時の休憩所としても利用されている為に新しい建造物が在るのだ。
一度霊仙山に登った時は確かに車が数十台停められておりました。
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町歴を参照すると元々は犬上郡落合村、1874年に周辺の今畑村、入谷村と合併、霊仙村と成る。この時期にはとうに周囲の村の中心的な存在として落合集落は栄えていた、後に多賀町と成ってから廃村と成るまでそれは変わらず多忙で責任ある地方行政の縮図をこの場所に体言させていた事だろう。
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こちらは冬季の模様、と言っても4月。落合集落から先は冬季通行止め(11月~3月)なので4月に再訪したのだけれど雪ドッサリで四駆のスタッドレスでもツルツル、目標だった比婆神社には到達する事が出来なかった。
ところでこの落合集落、名前の由来は勿論「落ち合う」事から来ている。まあこれは全国の「落合」って地名の殆どに当て嵌まるのでご存知の方も多い事と思いますが。
で、何が落ち合うのか。
これも全国の「落合」の付く地名同様に「川」なワケです、地形的には落ち合うと言うより支流が延びている様なものなのでけれど…うん、この辺は掘り下げなくて良いか。で、その川ってのが淀川水系芹川と淀川水系の支流。この2つの川が落ち合う事で落合集落の名前と成りました、恐らくは集落が出来るずっと以前に出来たこの場所を指す標示語だったと予想されます。
下流には芹川ダムも在って本流は複数の支流の流れ込みも在って大きく成るのですが落ち合うもう一つの川、これが淀川水系ってだけ川の名前が無いのです。当初ただの名称不明の川かと思ってたら正式に「名前が無い」名無し川、河川登録されてないので国土的には落ち合ってないって言うね。
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豊富な水源(霊仙山雪解け水、芹川)のお陰で山間部においては珍しい小規模な水田農耕が行われていた霊仙の関連文献に記されている、山岳地域における農作は通常畑で水田は地形的に行わないのだけれど史実としてもハッキリしないので今後追加調査したいと思う。
写真だと水口から地下水が流れ落ちている事が解るだろう、冬季でも水管が凍結しない様に絶えず水を流し続けているのだ。これは他の寒冷地でも良く見られる凍結防止の方法。
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管理されているのだろうか、待機電力を示す電気メーターのディスクがゆっくり回る家も在った。
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既に解体されたが当時の公民館的な大きな建造物も在った、学校も分校扱いで設置されていたけれど老朽化の為に解体されている。山間部の隔離集落にあって学校の存在(教育の場)が在るのはとても重要な意味を持っている、何せそこで学ばないと成人して村外での生活や人と接する上で色々と問題が出てくるからで周囲の集落の子供長い山道を通って通ったそうだ。
多賀小学校霊仙分校
1883年 霊仙学校・明了学校を重複別学区として2校設立
1886年 霊仙学校・明了学校が併合し簡易科霊仙小学校に
1892年 校名を芹谷尋常小学校霊山分教場へ変更
1918年 校名を芹谷尋常高等小学校霊山分教場へ変更
1941年 校名を芹谷国民学校霊山分教場へ変更
1942年 校名を多賀国民学校第四教室へ変更
1947年 校名を多賀小学校霊仙教室へ変更
1963年 校名を多賀小学校霊仙分校へ変更
1985年 休校
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この落合集落では「藤井」姓が目立つ、この写真の場所は恐らくその藤井姓の本家と思われる家屋跡。大変大きく、同敷地内に幾つかの家屋が密集していた。この家屋に掛けられた表札と同名の方の墓石がこの落合集落最南端で見る事が出来る。
と、言うかこの落合集落。他の「姓」が良く解らないのですよ、兎に角アチコチで「藤井」さんの標識が。
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やっと見つけた移動手段、その原点、廃自転車。この自転車ってば恐ろしく廃っておりまして調べようと思ってブランドやらも確認したのだけれど結局解らず、1950年代の国産自転車メーカーって独創性に溢れていてそれこそ星の数程存在した。
その中からバイクを作ったり中には車を製造したり、個人ビルダーが技術を揮える時代だった筈だ。そう言えば昔のモーターショーって個人のビルダーさんが沢山居たって聞くなぁ。
アタシはモールトンとSUNNが在ればいう事ないけれど。
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多くの登山客やこの廃村を訪れた方を迷わすあの張り紙「警察捜査中」、ええ…2010年最初の来訪から現在(2013年)に至るまで現役で確認出来ます。それどころか公民館(霊仙落合荘)にも新たに貼られ、増殖は留まらずダンボールや木版にも大きく書かれた「警察捜査中」の文字。
四方八方手を尽くし、この地で大きな事件や事故(この様に公表する意味がある内容の事案)を調べました、長い歴史と古い所以をもつ集落なのでそりゃー大きな出来事だって在りますよ…がっ。
どうやら地元警察が用意している紙でもなく、また近年でこの様な”張り紙をする公表事案”も発生していません。つまりブラフ、これは元住民によるラッパの様で安易な窃盗行為や破壊行為を抑止する為に増え続けている様です。
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付近の集落の取材にあたり、元住民の方を同伴しましたが
「久し振りに来たけれど何コレ、まじやべぇ」(※ 意訳しとるで)
とタバコをぷかぷか、全く知らない様で一部の方が自主的に行っているとの事です。
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落合集落の特徴、それは山間部の集落にして斜面が無い事。霊仙の3集落は何れも山中にへばり付く様に集落が形成されているけれどこの落合集落だけが平地に作られている。これは他の近隣集落に比べて通常の生活がそれだけ楽だった事を示す、また主要道路直結だった事も在り、この集落は繁栄するまでに時間は掛からなかった筈だ。
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落合集落の中央に位置する落合神社、立派な鳥居と威風堂々な巨木がお出迎えしてくれます。ちょっと気に成って見てはいたのですがこの地域、霊仙や男鬼地区の狛犬って全て同じなんですよね。相違が無いって事は同一人物による設置だったのだろうか、でも霊仙と男鬼って区域が別の筈…。
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墓石にはそれぞれ「先祖代々之墓」と記されている、それはつまり同地域において別姓がない事を意味する。実際どの墓石にも建てたのは藤井姓だと彫られていた、落合集落の実力者も藤井姓であり、村全体が藤井の姓の関係者だった事を想像するのは容易だ。またこの藤井姓で戦没慰霊碑も同墓地内に在り、ここから戦争に赴いた方も居たのだと驚かされた。
落合集落は調べればまだまだ沢山のエピソードを提供してくれそうな廃集落だった、今後も機会を見つけて追記出来ればと考えています。
※ 2013年12月13日:エントリーを2つ統合した上で再編集しました。
アプローチ
彦根ICより国道306号へ彦根市外方面へ、途中県道17号との分岐から霊仙地区へ。幾つかの分岐が在るので地図上で確認して下さい。
photograph - nee
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