千葉県│エコー牧場
滅びの美学 [ 廃墟・廃屋・遺跡・廃村・廃道 ] 探索 - エコー牧場(相川の廃牧場/株式会社スタッフサービス試験運用委託牧場)
久し振りに夏季の薮漕ぎをしたら思いの外身体に響きましてねぇ、スリ傷の治りは遅いわ鎖骨に枝が刺さって化膿するわコンビニで買い物してオツリ貰って商品は置いて帰るわ…老化って本当に怖い。くっ、だけど負けない!大人の第二次性徴期の力、魅せてあげるっ!
心と身体に少々のダメージを残した今回の物件、実は再訪だったりします。それも今年(2014年05月)からの直近来訪、前回のエントリーは以下よりどうぞ。
今回のエントリーは前回の内容を確認してからお読み頂くとよりいっそう美味しく頂けます、500Wなら1分30秒が目安ですよ。
さてさて、前回は広大な敷地内の半分も回れなかったので今回は登山で使用するGPSを導入してシッカリと全てを見て回る用意をして来た。廃牧場と言っても自然の山間部を簡易的に切り開いただけの牧場なので行程の殆どが普通の登山と薮漕ぎに。遠目に見え隠れする廃屋らしき建造物もどうやったら辿り着けるのか、沢歩き前のついで物件として位置付けていたのだけれど意外と苦労しそうだ。
まずは入口付近で発見したこの牧場の看板をご紹介してから話を進めて行くとしようか。
「これより先 牧場に付一切の発砲を禁ず エコー牧場長」と書かれている。そう、この山間部は解禁時期には狩猟区としてしていされた地域。同地域には野鳥類の他にもキョンやイノシシなども居て遭遇率も高い、来訪時はキョンがアチコチに居て一見すると鹿と見間違える程の大きな固体も。
入口脇に居を構えるお宅の小学生が「中で遊んだ事は何回もある」、「迷子に成るくらい広い」と元気に語っていたのが印象深い。大丈夫か、一応伐採道具を持った林業関係者や猟銃持った狩猟関係者が入ると言うのに。
それでも登山者には寛容な管理体制で許可さえ取ればこの中に入る事は難しい事では無かった、今までは。実は今年の8月に成って色々と動きが在りまして、その辺は最後尾に記載したいと思います。
photograph:koichiro
前回はこの地図の明化部分しか歩く事が出来なかった、当時として「こんな薮の中に入りたくねぇ」と思わせる5月の新緑。しかしどうしてもその先に残されているだろう多くの廃墟が気に成っていた、「こりゃ再訪だなぁ」とその時既に考えてはいたのです。
それがMOTTO酷い薮の時期に成るとはね、てへへ。
今回の再訪で確認するべき範囲はマップの明化されている部分、前回の倍近くの広さで歩くルートで考えると2倍以上の距離と成る。しかも眼前を覆い遮る様に深いブッシュが行く手を阻む自然の雄大さったらもう。
ま、途中の行程なんてツマラナイのでサクっと飛ばして最初の目的場所へ。この牧場最大の牛舎で最奥部と成る、実は地図に描かれてないし航空写真でも確認出来ないけど更に奥にもう一軒崩れ落ちそうな簡易牛舎が残されていた。
なんか見えて来た、散々歩いてやっと目にした大きな廃牛舎に歩の進みは加速する。
はーしーれー、こうそくのー
photograph:koichiro
み、みさくら…なんこつ…
漏れてしまった、余りの美しさに。その佇まいに思わず出てしまった言葉がみさくらなんこつ、意味を調べると不幸に成るで。
恐らく数十頭~百頭近くは軽く収容出来たであろうこのエコー牧場最大の牛舎、作りは古い木造だけれど建造は1980年代の筈。それが少しだけ違和感を感じさせるけれど理由を探ろうとまでは思わない、電気関係も昭和を感じさせる設備だった。
photograph:koichiro
向こう側でぽけーっと空を見上げてるのはワ・タ・シ。疲れて放心の図、セガ魂よ永遠に。
ムネン アトヲ タノム
photograph:koichiro
前回も盗難車が残されていた件で色々と物語が見え隠れしたけれどココでもやはり気に成る車両に出会った、最初は「何でこのトラックだけ空気パンパンに入ってるの?」って疑問に思っただけ。が、ドアパネルの名称がハッキリと残されてるし帰宅後に机上調査しようとメモショットを撮っておいた。
予め書いておくけれどもうこの会社は存在していない、その他諸々を含めた諸事情をクリアしたので公開している事を念頭に置いて読み進めて欲しい。
この「山口総合建設(株)」と言う会社、1990年代には倒産して存在していない。同カテゴリにおける企業登録者名簿にも名前が記載されておらず、その実態を把握出来ない。しかも牧場とは関係ない建設会社のトラック、この牧場建築に関係しているのか中古車を購入して使用していたのか…。
まずはほにゃほにゃして記載されている住所の権利関係を調べてみた、すると現在までに所有者は変わっていないものの利用者が3回変わっている事が判明した。
グーグルマップさんで確認すると2回目の利用者で登録されていた看板業者「丸和工芸」の工場として確認する事が出来た、しかしこの業者も廃業済みで利用者登録では更に違う人名が記載されている。
これ以上は調査の意味が無いので明記は終了、どの様に「山口総合建設(株)」がエコー牧場に関わったのかは結局と判明しなかった。
実に謎が多い牧場で在ります。
photograph:koichiro
航空写真でも一際大きい廃屋として確認出来ていたこの牛舎、内容も素晴らしかったけれど沢歩きの予定で時間も押して来ている。
そろそろ次の廃屋に移動するとしよう。
photograph:koichiro
最大規模の牛舎から少しだけ移動すると直ぐに廃屋が見えて来た、ここは廃屋よりも周囲の樹木の形に特徴が在って建造物事態には余り興味を惹かれなかったけれどまあ一応。
元々牛舎として利用していた様だけれどその後飼料庫して利用した様だ、改築した跡が所々に散見出来て実際に飼料も残されていた。
写真では明るく見えるけど木々に囲まれてとても暗い場所です。
photograph:koichiro
そこだ、同じ印が君の家の古い暖炉にあった、この石にもね。
移動します。
photograph:koichiro
牧場敷地内最北部に位置する廃屋へ、ブッシュがヤバイ。よくもココまで草木が侵食したなぁって位自然が猛威を振るっている。割れて歪な曲面を魅せるアスファルト、背の高さ以上の薮。
自然は偉大である、しかし我とてデリケートゾーンの毛がモサモサの猛者(自信家)。Bダッシュジャンプで大人の余裕を魅せる良い機会と言えるでしょう。
使用用途が不明な細い獣道が幾つか確認出来た、事前に調査していたので
・更なる開発の為に整備中だった道路
・登山道と一部を連結する為の人道
・東京電力の鉄塔管理道
などの情報を元に見てはみたものの。うーん、何か違う。当時の道じゃなくて廃墟化してから作られた様な、時間的な問題で進む事は出来なかったけれど新たな謎が生まれてしまったです。
因みにこの廃屋は養豚施設だった様で牛舎より建造物の背も低く、規模も小さい物でした。
photograph:koichiro
敷地内の放牧区画を囲む様に車道と人道を経由してグルッと回って来たこの廃牧場、前回のエントリーで「絶景」と位置付けた枯木っぽい何かが群生する場所付近まで帰って来た、最後の廃屋だ。
この廃屋の利用方法が解らなかった、柱は細くて牛舎でも飼料庫でも無い。農業に詳しい方、解る方が居ましたら教えて下さいです。
この先に更にもう一軒の飼料庫が在り、GPS上では湿地帯へ道が延びている。しかし眼前には身の丈2倍程のブッシュが、既にこの後の沢歩きをスッカリ忘れて全力の我々。
この程度の薮など…笑止。
photograph:koichiro
「牧場のばっふぁろー」などと人前では絶対に口に出せない叫び声を上げながら突き進むと以前のエントリー最終地の湿地帯へ出た、辛うじて道が残る場所へ出れた事が何より嬉しかったがその後更に嬉しい誤算が待っていた。
あ、あれ?前回と随分雰囲気が…違う?
photograph:koichiro
たまんねぇなおい!
写真だとこの感動が伝わらないのが口惜しい、いやホントに凄いんだよココ。前回と全く違うもの、まさかあの枯木達が生きている群生植物だったとは思いもよらなかった。てっきりと枯れてしまった死んだ土地かと思ったけれどこりゃー凄い、ちょっと前回と比べてみましょうか。
こうだもの。
いや、最後の最後でビックリさせて頂いた。敷地内のその殆どを回る事が出来た(と、この時点では思っていた)しこんな素晴らしい風景にも出会えたしとっても満足です。まだ朝の8時だけど帰ってビール呑みたい気分だ、って事で現地での撮影と調査はこの辺で終了です。
ここから帰宅後の机上調査の結果を少々お伝えするとしましょう。
エントリー冒頭でも書きましたが2014年の8月にこの廃牧場に関して動きが在りました、今後近い内に再開発が行われると言う内容です。
前回のエントリーでこの牧場の成り立ちと運営、そして廃業への経緯をお伝えしました。今回は歴史よりも行き着く事が出来なかった廃屋の撮影をメインにしていたワケですが思いもよらず大きな分水嶺を迎えた時期と重なった事に成りました。
前回までの机上調査では牧場自体の運営に主眼を置いた調査だった為に完全に見落としていた内容、「現在の利権内容と今後の展開」…これらの調査です。残留物にも目を奪われ、本当に一番大事な事を忘れていました。
で、早速と登記関係を調査すると…ん?
一般公開されていない不動産情報リストにこの牧場の住所が掲載されているでは在りませんか、早速詳細を調べると昨年の時点でこの牧場一体を以前の管理人さんが売却、売り手が付くまでは今まで通り簡易的な管理を行う形を取られて居た様です。
しかし2014年08月、とうとうこの土地を買いたいと言う方が現れて商談が開始されました。そして現在の所有者である不動産会社のウェブサイトにも売り物件として一般に公開され、本格的な再開発の動きが始まろうとしています。
これで合点が入った、現地で感じた人の気配。幾ら房総の登山人でもこの夏季には入ろうとはしない、せいぜい春先か秋口だろう。それなのに直近で人が入った形跡(足跡や明らかに人の手による残留物の移動など)が気には成っていた、そう言う事だったのか。
そして入口の看板の変更。
photograph:koichiro
管理者の変更に伴って真新しいボード(※1)が貼られているとは思っていた、全てが繋がった。関係者にお話を聞く事が出来たのだけれど内容としては、
「現在商談中で決まれば別荘地などの再開発が行われると聞いている」
との事、まあ広いですからねぇ。今回の撮影調査でも新たな謎を生んだこの物件、どうやらこの間々迷宮入りで終了しそうだ。と、言ってもその大部分は解き明かせたし当ブログとしても不満はない。
※1:登山者として入山許可を得て入っております
が、んんん?
先ほど物件紹介の画像を良く見ると「高圧鉄塔有」と書かれている。この牧場敷地内に高圧鉄塔なんて無いぞ?と疑問に思って航空写真を広域にしてみると…
「在った!牧場敷地から更に北西に鉄塔が数本在る!」
…え?牧場だけでも広大な土地なのに、あれ?あの鉄塔が在る場所も売り物件の敷地内なの…か。いやいや、それ入れたら更に倍以上の広さに成る計算なんです…けど…。
実は更に広かった、と言う二転三転の面白おかしく、そして大変お美しい廃墟物件だったエコー牧場。大変美味しく頂く事が出来ました、再開発は残念ですが大好きな房総半島のイチ歴史に埋もれる前に触れる事が出来たのは幸運と言っても良いでしょう。
本日は以上です。
アプローチルートは近隣の配慮及び管理体制が変わった事から地図リンクは不掲載です。
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